日本バプテスト連盟とは
2010年6月24日
 日本バプテスト連盟は、個人の主体的な信仰を大切にするバプテスト教会(プロテスタント)が、協力して伝道に取り組むために、1947年に結成された教会の協力体です。
 
 私たちは、時代の中で生きる教会として、信仰に関する宣言をおこなっています。
信仰宣言については、こちらをご覧下さい → 信仰宣言
 
<これからの協力伝道>

 〜2005年機構改革を経て〜

 私たちの連盟は、協力伝道を目的に、「全日本にキリストの光を!」を掲げて、活動を続けています。2005年度の機構改革で、自立と協力の再確認、バプテスト教会の形成、平和宣言に生きる教会形成、相互吟味と相互支援を基軸として、フットワーク軽く協力伝道の働きをおこなっていきます。そのために、総会の毎年開催、意思決定プロセスの明確化と実行型の事務所態勢への移行、諸教会からの協力伝道献金で活動をおこなう態勢に移行していきます。

 キリストの福音宣教が諸教会を通してますます進められていくために、諸教会が伝道する力を高め、それぞれの個性や特徴を大事にしつつ、相互に伝道協力をおこなっていく中で、国外伝道・開拓伝道・教会形成支援をおこなってまいりましょう。

 「だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によってバプテスマを授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。」

マタイによる福音書28章19−20節

 
日本バプテスト連盟の歴史

1889年に米国南部バプテスト連盟(以下、SBCと略)国外伝道局は、マッコーラム、ブランソン二組の宣教師を派遣しました。これらの宣教師の働きによって、九州を中心とした伝道が始まり、1903年には西部組合が結成されました。西部組合は、第二次世界大戦直前に、日本基督教団に合同し、国家総動員による戦争協力体制を担いました。19474月、E.B.ドージャー宣教師の呼びかけにより、福岡・西南学院教会で日本バプテスト連盟(以下、連盟と略)結成総会が持たれました。参加したのは、日本基督教団から離脱(伝道方策・教会政治・礼典理解の相違のため)した旧西部組合系の16教会でした。結成された連盟は、「全日本にキリストの光を」のスローガンを掲げ、まず県庁所在地に伝道所を開設し、その教会が拠点となって周辺都市に伝道を広げる開拓伝道に取り組みました。

SBCの兄弟姉妹は、敗戦後の日本の復興のために祈り、多くの宣教師を派遣し、バプテスト教会形成のために多額の献金を送ってくださいました。これらの祈りと、人的・物的・経済的支援を受け、連盟の開拓伝道は力強く推進されました。プリーチング・ミッション(著名な説教者による巡回伝道集会)や、1963年の新生運動では、多くのSBCの牧師・信徒が来日し、伝道協力がおこなわれました。

1955年には、当時米軍の統治下にあった沖縄に「国外」宣教師を派遣し、1965年にはブラジルに宣教師を派遣するなど、国外伝道も連盟の協力伝道の大きな柱として進められてきました。現在までに、インドネシア、タイ、シンガポールに宣教師を派遣しています。

1970年、世界バプテスト大会が東京で開催されましたが、この頃、神学校や各教会において、教会の存在意義・宣教を問う教会闘争が起こりました。そのような中で、世界で苦悩する人々と共にキリストの福音に生きるための種々の活動がおこなわれるようになり、現在では靖国神社問題、日韓・在日連帯問題、公害問題、部落問題、「障害」者と教会、ホームレス支援、性差別問題の特別委員会が活動しています。1976年には米国・SBCからの支援を打ち切り、経常費自給化を達成しました。経済的自立と共に、1979年に「信仰宣言」、1988年に「戦争責任に関する信仰宣言」を採択し、大嘗祭反対運動等を経て、2002年総会では「平和宣言」を採択し、主体的に信仰的立場を表明してきました。

1987年、連盟事務所の土地を処分し、基金を設定しました。それは、教役者年金制度を充実させ、「500の教会、5万の信徒」を目指した開拓伝道に積極的に取り組むためです。また、宣教研究所を開設し、宣教論と宣教方策研究、牧師の継続研修、情報の収集と伝達を通して諸教会に仕える働きも始まりました。また、個別教会で発生し隠蔽されがちな性的嫌がらせ等について、積極的に対応するべくセクシュアルハラスメント防止相談委員会を設置しました。

20105月現在、全国281の教会、44の伝道所が加盟し、協力伝道献金によって協力伝道を進めています。各個教会は、それぞれ自主・独立ですが、バプテストの群れに連なる兄弟姉妹として互いに協力し、励まし合って、一つの教会では出来ない協力伝道を推進しています。これからも「自立と協力」に基づくバプテスト教会の形成、協力伝道に取り組んでいきます。