沖縄平和学習ツアー 2002
2002年8月26日(月)〜29日(木)

南部ひめゆり野戦病院ガマ前
参加教会一覧
| 伊集院教会 |
3名 |
| 神戸新生教会 |
2名 |
| 藤沢教会 |
2名 |
| 神戸教会 |
2名 |
| シオン山教会 |
1名 |
| 栗ヶ沢教会 |
1名 |
| 那覇新都心伝道所 |
6名 |
開会礼拝でメッセージをされる寺澤牧師
「処分され、見捨てられ、忘れられた沖縄。『オキナワ』と口にするだけで、涙がこみ上げてくる。
私の聖書理解に目を開かせてくれたところです。
佐喜真美術館

? 普天間飛行場から土地返還を果たした佐喜間さんが、何も生産しない軍用地
ではなく、平和を生産する美術館を建てた。
沖縄戦の図を細かく開設していた
だいた。
?写真は軍用地を望む参加者。
南部戦跡めぐり ひめゆり

? 1945年4月1日、連合軍は、本島中部西海岸から上陸、南進。
?? 本土決戦の準備を整え、連合軍に打撃を与えてから有利(国体護持)に降伏するため、
時間稼ぎを命ぜられる。
?負傷兵看護のためひめゆり学徒隊が軍に同行する。
糸数壕 アブチラガマ

野戦病院として、負傷兵を手当てした自然ガマ。数千人の負傷兵の唖鼻喚糾、
暗闇、麻酔無しの手術、糞尿と切断肢体の腐敗臭、巨大な蛆(ウジ)。生き地獄
の中、脳症に至る者もいた。

元ひめゆり学徒隊 上原とみこさん
の涙を交えた体験談を聞く

?57年前の8月27日、まだ収容所にいた。毎年、あの年を追体験している。
?國のため・天皇のために死ぬ覚悟をした軍国少女。
?しかし、死を直前にして、人間は生きたいと思う。戦争の無い時代に生きたかった。

チビチリガマの前で
?
連合軍上陸直後、住民が、集団自決をしたチビチリガマ。
? ガマの中に、南方戦線で参戦した軍属がおり、南方における日本軍の残虐な住民虐殺・強姦の体験から、
戦争に負ける・降伏することで起きる惨劇を免れるために集団自決を選択。


ゆまんぎコンサート
沖縄連盟普天間教会の方々・首里教会員・讃美グループ「マナ」(城間牧師3人の
お嬢さん)の方々と共に、特別集会をおこなった。事前に参加者でチラシ配布。


感想文
? 沖縄に行く前に「太陽
の子」という本を読みま
した。ひめゆり学徒隊の上原さんの話を
聞いている
内に、本では感じられなかった沖縄の人たちの悲し
みが僕の心の中でいっ
ぱいになりました。この話は
一生忘れることはなく、二度と起こしてはならないと
思いま
した。(中学生男子)

?今回の旅では、自分一人では行けない壕や海岸などに行けて本当に
勉強になりました。
今回のツアーで今までの自分の考え方が自分中心の
ものだったと反省させられました。(青年女子)
?
?
百聞は一見に如かず。今回の平和ツアーに参加して、その場所に立っ
て、呼吸し、見て、肌
で感じる
ことの大切さを痛感しまし
た。あの糸数壕で、暗闇と
なって立ちすくんだ時、それ
でも
目を凝らして何かを見
ようとした自分がありました。
沖縄の痛みを伝え、若者を
送り出すお手伝いをしたい
と願っています。(婦人)