佐々木恵さんからの手紙
2007年4月1日

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   2007年3月6日

「ルワンダから佐々木恵です」NO.9

皆さん、すっかりご無沙汰しています。
11月のはじめにNo.8を出していらい、4ヶ月もたってしまいました。
その間に和之はリーチのカリサ氏と日本を訪問し、12月中旬に帰国。
クリスマスを家族や友人達とお祝いし、新年もあわただしく過ぎていったように思います。

さて、和之の日本滞在中、ルワンダでは一時反フランス感情が高まり、
市内で反フランス集会やデモ・抗議集会などありました。フランスの司法当局が、
1994年のジェノサイドの引き金になった「ハビィアリマナ大統領搭乗機撃墜事件」の主犯者として、
ポール・カガメ現ルワンダ大統領をはじめとする10人の政府高官に逮捕状を出したからです。
テレビでは連日ジェノサイド当時の生々しい映像を流し、
いかに国際社会がルワンダを見捨てたかという視点に立った
BBCの古いドキュメンタリー番組を放送していました。
しばらくはこのことで少々緊張しましたが、基本的には安全快適に過ごすことができました。

和之のいない40日間は、竹内緑さん(NO8でご紹介)が家に泊まってくださり、
とても心強く感じました。
また、毎朝共に聖書を読み祈るという、主にある豊かな交わりを頂くことができました。


「あたらしい学校」

       KICS校舎

子供達は、1月8日より、
いよいよキガリ・インターナショナル・コミュニティー・スクール(KICS=キックス)に通い始めました。
それまでの一年間はグリーンヒルズアカデミーという
地元のインターナショナルスクールに通っていたのですが、
いつもハッピーな共喜は例外として、萌と仁にはなかなかあわなかったのです。
一年間とてもよく頑張ったのですが、
「これ以上グリーンヒルズに行くと私はだめになるよお〜!」と言う萌に、
転校を真剣に考えるようになりました。

新しい学校は、アメリカ人の宣教師やNGO職員の家族が中心になり、
去年の9月より始めた学校です。
生徒数48名、幼稚園から高校生までが通う複式5クラス(幼稚園・1〜2年・3〜5年・6年〜中1・中2〜高3)です。
教育背景の違ういろんな子供達が多いので、その子のレベルにあわせて学年の繰り下げ・繰り上げもあります。
ですから自分より年上の子が下の学年にいたり、授業科目によっては下の学年に下がったりと、
対応も臨機応変です。中一の仁と中3の萌は今回同じクラスになりました。
でも、仁は数学の時間だけは下の学年に行きます。
まだ、代数の勉強について行けないから・・・だそうです。

       KICS生徒

子供達は、この学校に変わってから、とってもハッピー!
なんといっても今までプールでいつも遊んでいたお友達が、
ほとんどこの学校に行っているのですから!

       休み時間にバスケットボール

仁は学校が終わると、プールにお友達と直行します。
時々は学校に残ってインターネットで遊んで帰ったり、
プールの横のテニスコートでテニスをしてきたりと、
去年までと違って毎日5時まで友達とたっぷり遊んで帰ってきます。 

萌は週に2回、数学の家庭教師を始めました。
放課後、そのままクラスに残って小6の男子に教えるのですが、
一回のバイトで4000フラン(800円)もいただけるので、大いに張り切って教えています。
なかなか教えることも楽しいとか・・・・・ 

共喜は、前の学校でも楽しんでいたのですが、新しい学校はこれまで以上に楽しいようで、
お休みの日は「何で今日は学校ないのお!」と言うほどです。
デモ宿題が多いのが難点?毎日たくさんの宿題と格闘しています。

       授業風景 

KICS(キックス)は、金土日の週休3日制。
私にとっては、週末が長〜い!と感じるのですが、金曜を日本語の勉強の日と決めて、
午前中は、しっかり日本語を勉強させようと思っています。
ルワンダには日本人学校も補習校もないので、日本語は家族といる時だけの言葉です。
それでも、子供達の間の会話は英語になります。
日本語の教育は、私の意欲にかかっていると言えそうです。








「カリサ氏の日本訪問のひとこま」ー私の実家訪問の巻き

      桜島を背に、カリサさん

さて、今回カリサ氏は、和之と共に私の母を鹿児島に訪問してくれました。
アフリカの人と個人的に会うのは初めての母、緊張しながらもたのしみにして、
手料理を一杯作って待っていてくれました。
しかし、食に関してはなかなか好みのはっきりしているカリサ氏、
母の手料理になかなか箸が延びず、母はがっくり・・・・。
でも、後日、カリサ氏は、この訪問はとても印象的で、
母のもてなしがとっても嬉しかったと言って下さいました。
また、彼から聞いた話では、カリサ氏と始めてあった印象を母がこう漏らしていたそうです。
「アフリカの方も、メガネをかけているとは思わなかった!」  

       鹿児島の母とカリサさん

ところでルワンダ人にとって、日本の一般家庭に泊まることは、
なかなか経験できないことでしょう。
カリサ氏は、椅子とベッドのない畳の生活に、
子供のころの難民キャンプでの生活を思い出したそうです。
実家では、やっと一つあったマッサージ機用の椅子にすわり、
夜は敷き布団を2枚重ねて寝たそうです。


「バイブルスタディー(祈祷会)」

1月の第2週より、ついにバイブルスタディーが始まりました。
これは長い間の祈りの課題だったのですが、
竹内緑さんの泊まって下さっている間、
二人で続けていた朝の聖書の学びと祈りの時間が引き金になり、
実施することができるようになりました。
基本的に毎週火曜日午後6時半に我が家に集まって頂き、共に夕食をいただいて、
そのあと1時間半ほど聖書の学びと祈りの時を持っています。
参加者は、竹内緑さんと、海外青年協力隊員の女性一人、それと私たち夫婦の4人。
これにときどき萌が加わります。
テキストは聖書教育(バプテスト連盟発行)を用いながら、それぞれの疑問や思いと共に、
自らの信仰を証する、恵まれた時となっています。
先々週のバイブルスタディーでは、協力隊員の女性が、始めて祈りを共に捧げてくださり、
とっても感動しました!この交わりに一人でも多くの日本人が参加できるよう、祈っているところです。


「影」

さて、このところ股関節に痛みを感じて、フィジオセラピーに週3度通っています。
その帰り道、ちょうどお昼頃だったのですが、日差しがとても強かったので、
空港に通じる幹線道路の歩道を木陰を選びながら歩いていました。
木陰をでた時にふと気づいたのですが、自分の影がないのです。
いや、あるにはあるのですが、足下にへばりついていて、ほとんどないに等しいのです。
頭を上げると、太陽は真上で輝いています。
赤道よりほんのちょっと南に位置するルワンダでは、こういう影になるのです。
小学生のころに習った太陽の動きを思い浮かべながら、
そう言えば、ここでは日本の太陽のように弧を描いて動かず、
東から西にほとんど一直線に動くことに改めて気づかされたのです。
ここでの生活が一年以上過ぎた今になって気づいた新しい発見でした。


「子猫のビスケット」

最後に悲しいお知らせです・・・
和之が日本に帰国している時に、子猫のビスケットが死んでしましました。
ある朝、リビングルームのドアの近くで、血を吐いて死んでいました。死因は分かりません。
前の夜も、台所に来て肉をねだったりしていたのです。
でも、いつもは調理台に軽々とジャンプして飛び上がるビスケットが、
このごろ、ようやっとジャンプして飛び乗る感じだったので、
「元気がないなあ・・」とは思っていたのです。
でも、まさか死ぬなんて・・・・・・・

ビスケットは、今、庭のマンゴーの木の下で眠っています。
みんなでお花を飾って埋葬しました。
しばらくは、ビスケットの指定席(和之がいつも座るダイニングテーブルの椅子)をみると、
そこに丸くなって座っているような気がしたものです。
ビスケットの死後、クッキーは、ますます甘えん坊になりました・・・・。




《感謝》

       子供達の学校生活の充実

       家族揃ってのルワンダでの生活が一年すぎたこと

祈りの課題》

     バイブルスタディーがこれからも祝されますように

     ルワンダ語の学びも一年が過ぎました。学びがますます充実しますように

     子供達の日本語の学びが充実しますように

     毎日の生活が主にあって守られますように

     和之の「償いのプロジェクト」(釈放されたジェノサイドの加害者による、被害者のための家屋建造プロジェクト)が始まる予定のキレヘ郡で、地元諸教会との話し合いがまとまりました。
祈り、献金、参加者への霊的・心理的ケアーなどの面で、一致して協力して下さることになったのです。今、地元政府との最終調整に入っています。
続けてお祈り下さい。

     このところ、左の股関節に痛みを感じるので、物理療法士の治療を受けるために通院しています。お祈り下さい。(原因は老化!?と診断されています。)